2023年10月06日

「ハチ公生誕100年記念展」が10月9日まで白根記念渋谷区郷土博物館・文学館で開かれ、ハチ公が自身の銅像と一緒に写った珍しい写真が初公開されている。1934(昭和9)年夏の撮影とみられるという。秋田犬は当時、都内に数頭。首輪の特徴や撮影時の状況から、ハチ公と断定された。同年4月の銅像の除幕から1年ほど経った35年3月8日午前6時過ぎ、ハチ公は東向きに俯せたまま息絶えていた(稲荷橋付近)。当日は快晴、最低気温0・1度。寒い朝だった。
 

▼ハチ公は23(大正12)年11月大館市生まれ。飼い主の上野英三郎・東京帝国大農学部教授が急逝した後も、帰りを待つかのように渋谷駅に通う姿を32(昭和7)年10月4日の朝日新聞が報じた。
「いとしや老犬物語/今は世になき主人の帰りを/待ち兼ねる7年間」という3段見出しの記事だった。
美談は増幅し、日本ポチクラブがハチ公を名誉会員にしたり、34年が戌年であったことから年賀状に登場したりするなど名声は高まり、ハチ公は「忠犬」に変身していった。銅像建設のための義捐金募集が全国的な波となり、34年4月21日に「忠犬ハチ公」の銅像が誕生する(44年10月応召=金属供出・溶解。48年8月15日再建)。
 

▼さらには尋常小学校2年生の国定教科書修身に取り上げられることとなり、35年4月から使われた。
 

「カヒヌシガ毎朝ツトメニ出ル時ハ、デンシャノエキマデオクッテ行キ、夕ガタカヘルコロニハ、マタエキマデムカへニ出マシタ。
ヤガテ、カヒヌシガナクナリマシタ。
ハチハ、ソレヲ知ラナイノカ、毎日カヒヌシヲサガシマシタ。イツモノエキニ行ッテハデンシャノツクタビニ、出テ来ル大ゼイノ人ノ中ニ、カヒヌシハヰナイカトサガシマシタ。
(略)
十年モタッテモ、シカシ、マダカヒヌシヲサガシテヰル年ヲトッタハチノスガタガ、毎日、ソノエキノ前ニ見ラレマシタ。」(原文わかち書き)
 

▼『ハチ公文献集』(1991年刊)をまとめた林正春はこう思い出を記している。

 

「祖父に連れられ渋谷に行ったとき駅の小荷物室に横たわっている姿や改札口前の雑踏の中に佇む孤影はいまも忘れられない。昭和10年ハチ公の死んだ春、私は小学1年生になった。大雪の翌朝であった。
ハチ公の銅像が駅前にできた昭和9年、祖父の飼っていた牡犬『カナ』がひどい皮膚病にかかり、面倒をみていた祖父は家中に気をつかうあまりか、とうとう野犬捕獲人に渡してしまった。かわいそうな『カナ』は今もハチ公の思い出とともにやきついている。
ハチ公は有名であるから著作物、新聞や雑誌の記事はじめ、文献は豊富であり、多くの人々がハチ公を愛したことがそれからもわかる。
(略)
自由にもののいえる人間であることを否定された暗い時代の入口にさしかかったとき、戦争を起こした責任ある人たちによって、不憫なハチ公の純粋な愛情は、軍国主義の方向にねじまげられた。そうすると、反対派の人たちからヤキトリ目当の渋谷駅通いと陰口をたたかれた。ハチ公の本当の気持のわかるのは死後半世紀たった今も少ない」(平成3年3月8日)

(印刷界2023年10月号から)

 

ハチ公生誕100年記念展ポスター

ハチ公生誕100年記念展(2023年8月22日~10月9日)の開催を告げるポスター


 

白根記念渋谷区郷土博物館・文学館 https://shibuya-muse.jp/
 
 

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