2023年06月30日

5月号の当欄でNHK連続テレビ小説「らんまん」に石版印刷が登場すると紹介した。6月9日放送の第50回では石版印刷が登場人物の口から詳しく説明された。
ヤフーニュースは「連続テレビ小説『らんまん』の第10週『ノアザミ』(第50回)が9日に放送され、万太郎が石版印刷の仕組みについて学ぶ姿が描かれると、ネット上には『こんなふうになってるなんて!』『ただならぬリスペクトを感じました。胸熱』といった声が集まった」との反響を伝えた。
  
 

▼劇中のやり取りをざっと紹介しよう――

 

前田(職人)「石版印刷つうのはよ、石を彫ってるわけじゃねえんだよ。水と油が反発する性質を利用してる。岩さん(画工)が書いたこの墨。実は油を混ぜてある。だからこの線には」/万太郎「油分がある」/前田「そうだ。次にアラビアゴムを塗る」/万太郎「ゴムですか」/前田「樹脂を水で溶かしたものだ。アラビアゴムを塗ると、石は水を保ちやすい性質に変わる。でも、この線には油分があるから、ゴムは弾かれて着かない。墨の油は厚いところもあれば薄いところもある。だから一度きれいに取っちまう。で、今度は違う油を一定に塗ってやる。石を水で濡らす。ここにインキを塗ると、インキの油と水が反発して、この線にだけインキがのるんだ」
 
 

▼自宅では「オフセット印刷や水なし印刷を見通すような言及があってもよかった」といいながら、こう話した。
 
①油性の墨で絵柄を石版に描く。石に親水性を持たせる②水を塗る。描画部分は墨の油分が水を弾く。絵柄以外の部分に水分が定着する③インキを塗る。描画部分以外は水がインキを弾く④絵柄部分に定着したインキを紙に転写する。油と水の反発する性質を利用する「水あり印刷」は、大量に使用する水(湿し水)に有害物質を含む。刷版工程で使用されるアルカリ現像液にも有害物質が含まれる。湿し水を使わない「水なし印刷」は洗浄時にわずかな廃液を排出するだけだ。刷版工程は有害な廃液の出ない水現像方式だ。印刷時に発生する揮発性有機化合物(VOC)も大幅にカットされる。環境に優しい技術だ。
 
      

▼劇中の人物が印刷の未来を語るわけにもいかないだろうが、万太郎「腕を競うた、技を誇った方々がその場所から散っていったとしても、それは消えたがじゃない。新たな場所に根付いて、そして芽吹いていくがじゃと思う。磨き抜かれたものは決してのうならん。新しい場所に合うた形で変化し、もっと強なって生き抜いていく。それが生きちゅうものの理ですき」。大畑(石版印刷所主)「俺はずっと命がけの火消しこそが最上だと思っていた。みみっちく商売替えをするんだったらいっそ江戸の世と死んでしまった方がいいと思った。だが代わりにいま、もっと熱いものを見つけている。一番新しい時代の切っ先、その静かな指先から、皆の度肝を抜くもんを生み出してるんだ。石版印刷はこれからもっとすげえ熱い力を持つようになる」との力強いセリフ。

 

(印刷界2023年7月号から)

 
 

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参考:印刷博物館の石版印刷機(収蔵品)の説明には大要以下のようにある(写真なし、資料番号:75459)。
 

○石版印刷機は、日本では幕末頃から輸入が始まった。小西本店は写真や石版印刷の機器類を輸入し販売する商店の一つであった。 明治12~13(1879~80)年頃には小西本店での石版印刷機の国産化が始まった。杉浦六三郎によって創業された小西本店は、大正10(1921)年には小西六本店に、その後合資会社から株式会社となり、小西六からコニカへと社名を変えていった。この印刷機は、小西六本店によって製造されたものである。 小西本店では、当初、製造は下請けに依頼していた。木製暗箱は指物師の長谷川利之助、写真台紙は経師の勝山平吉、石版印刷機は鋳物師の小森竹造(竹蔵とも言われている)が担当した。 小西本店は後に製造部門の会社として六櫻社を設立した。小森竹造を六櫻社の機械部長に迎え入れ、自社製造を考えたようだが、竹造はそれを断り、自らの後継者育成を行った。 関東大震災による被害で竹造の鉄工所はなくなったが、その技術を受け継いだ甥の小森善七、善一の兄弟は小森機械製作所(現 小森コーポレーション)を設立し、印刷機製造を続けた。

 
 

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