ハイデルベルグ社では今年から、印刷会社がエネルギー効率を大幅に高めると同時にコストを削減する方法について、情報・アドバイス・ヒントを提供するキャンペーンを開始している。現在は世界中で、持続可能性を高めるという方向に社会全体が進んでおり、また近時の電気をはじめとしたエネルギー資源の高騰といった要因もあることから、印刷業界でも生産工程全体のエネルギー効率をさらに高めることが喫緊の課題となってきている。そこでこのキャンペーンの概要について、ハイデルベルグ・ジャパン㈱エクイップメントソリューションズ本部の曽篠靖之シニアマネージャーに話を聞いた。
--ハイデルベルグ社がこのキャンペーンを開始した背景についてお聞かせ下さい。
曽篠 これまでも印刷業界では、環境配慮・環境保全について積極的にさまざまな取り組み・対応をしてきています。この環境対応とエネルギー効率を高めるということはコインの裏表のような関係で、たとえばエネルギー効率を高めるために節電をすればコスト削減になり、それが環境対策にもなります。印刷業界が市場から環境対応を求められ始めた頃は、「印刷会社がそれをすることで儲けやメリットにつながるのか?」と疑問視される向きもありましたが、今となっては環境対策やそれをベースとしたコストの管理・見直しをしない印刷会社は生き残れないような状況になってきました。そのエネルギー効率を考える上で最たる指針となるのが、電気使用に関するエネルギー効率になります。
ハイデルベルグ社では、良品1枚を印刷するためにどれだけのエネルギーを費やしたか、いわゆる「エナジー・パー・シート(Energy Per Sheet)」という点を最重要視しています。なぜ、全体の電気使用量を削減することではなく、「エナジー・パー・シート」を抑えることに着目しているのか?それは、全体の電気使用量だけに着眼するならば、印刷機をまったく稼働させず電気使用量をゼロにすればいいということになるからです。健全な事業活動をしながらエネルギー効率を高めることについて突き詰めて考えていきますと、生産性を落とさずに製品1枚あたりにかかる電気使用量をどれだけ落とすかがポイントになるのです。
私どもがこのキャンペーンを展開する背景としては、主に3つのポイントがあります。1つ目のポイントは、今後も電気代をはじめとしたエネルギーコストが上がり続けていくと予測されるからです。世界の需給関係を展望しても、大幅にエネルギーコストが下がることはないと思われます。したがいまして、世界中のすべての印刷会社が対応しなければならない課題になるからです。2つ目のポイントは、エネルギー効率を高めるための改善点は、外部からの視点が重要だからです。そして3つ目のポイントは、生産性などを犠牲にすることなく、真の意味で合理的なエネルギー効率向上と生産性とを両立させるためには、やはりエキスパートによるサポートが有効となるからです。
--それでは、ハイデルベルグ社がエネルギー効率を高めるための方策として発信していることについて、具体的にお聞かせ下さい。
曽篠 先程、外部からの視点がないと改善点の発見やそれを実行することは難しいと触れました。その点につきまして、「オペレーション」「工場」「機械」の3つの側面からお話しします。
まず「オペレーション」という面から触れてまいります。印刷機にはフィーダーからデリバリーまで、シリンダーが連動して動いています。そして、各印刷ユニットの中にはインキングシステムがあり、1ユニットには20本程のインキングローラーがあります。このインキローラー群にはインキという粘着性の強い物質が撒かれており、それらのメンテナンスの状態によっては、連動するシリンダーを動かすメインドライブにかかる負荷がとても大きくなってしまいます。したがいまして、印刷をする上で基本的なことではありますが、インキングローラーのメンテナンスを正しく行って印刷機の状態を良好に保つ、そして正しい資材を選択・使用するということが、実は電気使用量削減・エネルギー効率向上を果たす上で重要になります。
--続いて、工場という側面での方策についてお聞かせ下さい。
曽篠 「工場」という面では、たとえば複数台の印刷機が稼働する印刷会社の場合、朝の始業時に同時に印刷機を立ち上げると、ピーク値/最大需要電力(電力デマンド)が跳ね上がってしまいますので、それを避けるために時間差をつけて印刷機の電源を入れるといった工夫があります。また、印刷機の稼働シフトに時間差をつけると、印刷室内に誰もいない昼休みにエアコンだけが動き続けるといった無駄も排除できます。
そしてエネルギー効率を高めるための大きな要素のひとつが印刷機の周辺装置です。ハイデルベルグ社では、印刷機単体だけでなく周辺装置も含めた印刷システム全体を印刷機として捉えています。これを、クーリングタワー(冷却塔)を用いた水冷式にすることで、工場の仕様や大きさによっても変わりますが、工場の空調(エアコン)コストについて40%程の削減効果が得られます。実際に導入された国内のお客様の中には、それが50~60%削減されたという例もございます。
インキングシステムを冷やすための水を循環させること、これを水冷式と呼ぶケースもありますが、私どもが指している水冷式というのはこのことではありません。そこで熱交換をした周辺装置を冷やす方法として水を使うことを水冷式と呼んでいます。
私どもが提案している水冷式は、周辺装置を冷やすための水を屋外に設置するクーリングタワーへと配管することで、電力を使わず自然の力で水を冷やして循環させます。そうすることで、エアコンなどの空調システムで適切な温湿度に設定された工場室内の空気を外に出すことなく、また工場室内に高温の熱を排気することもありません。電力を極力使わずに工場環境を整える。それが、私どもがご提案する費用対効果が高い水冷式なのです。
--3つ目の機械という側面についてはいかがでしょうか?
曽篠 「機械」に関して、ハイデルベルグ社ではエネルギー効率をもっとも重要視しています。印刷機の定格電力が何kWなのかが重要なのではなく、生産性を落とさずに製品1枚を生産するにあたってかかるエネルギー消費量やコストを下げることが重要だと捉えています。たとえば印刷機のメインドライブには、1998年の段階からエネルギー効率がとても高いメインモーターを採用しています。またUV乾燥装置につきましても、一般的にUVランプを発光させるために投入するエネルギーのうち本当にインキを硬化させるために伝わっているエネルギーの比率はとても悪いのです。そこでハイデルベルグ社では、低エネルギータイプのUV乾燥装置「LE UV(Low Energy UV)」を用意したり、ランプハウスの反射板の構造によって照射効率を高める工夫をしています。
ハイデルベルグ社が乾燥装置「ドライスター」について自社開発することにこだわっているのはこの部分にあります。投入するエネルギーを効率的に活用するには、グリッパーバーがどのくらいの高さで、それを避けるためにはどうしたらいいのか。また、それぞれの印刷機の仕様や構造、条件、回転速度や空気の流れに応じてもっとも効率的な設置位置やパーツの構造デザイン、エネルギー出力などを緻密に計算する必要があります。だからこそ、印刷機全体についての責任をハイデルベルグ社が持つことができるよう、世界で唯一乾燥装置も自社開発しているのです。そして、UVランプ/LEDの双方とも、照射装置から用紙までの距離が効率という点でもっとも重要になりますので、用紙通過時に用紙へどれだけのエネルギーが伝わり、どれだけのインキ硬化能力を与えられるかに重きを置いています。
--そもそもの話となりますが、エネルギー効率という言葉の定義を教えて下さい。
曽篠 エネルギーを使用する量を少なくするということではなく、100のエネルギー量を消費した時に、本来の目的のために使用できる量をできるだけ100に近づけること、それをエネルギー効率と呼んでいます。単純に使用量とか金額ではなく、使ったエネルギー量がどれほどの生産量や利益につながるか、そこにフォーカスをしています。そして私どもはなにか1点だけに絞って話をするのではなく、印刷資材やメンテナンスといったことも包括的に、エンドtoエンドで印刷会社のエネルギーコストを合理的に減らすサポートができます。それこそがハイデルベルグ社の強みになります。
--日本でのキャンペーン展開はどのような形になるのでしょうか?
曽篠 ドイツ本社では先ごろ、オンサイトとオンラインの両方でワークショップを開催しました。そこでは先程列挙しました3つのポイントに関して、たとえば生産性とエナジー・パー・シートがわかる計算ツールを参加者のみなさんで使ってみたり、印刷工場のどこでどれだけの電気使用量があるのかを具体的に確認したり、それに対してどのような対策法があるのかをみなさんで考えたりしました。
日本でのキャンペーン展開としては、ニュースレターを配信していますので、まずはその中で省電力化のコツなどをお知らせしてまいります。また、ドイツでやったようなワークショップをショールームイベントとして開催したり、さらにご依頼があればワークショップの個別実施にも対応していこうと思っております。
--このキャンペーンにあたって、ドイツ市場向けに納入する「スピードマスターXL106」にはエネルギー測定器を標準装備するということですが、このような取り組みは日本市場でも行われるのですか?
曽篠 ドイツではこのキャンペーン開始時から、「スピードマスターXL106」にエナジーメータを標準装備するようになったのですが、実は日本ではすでに2016年のシリーズから、「スピードマスターXL106」だけに限らずすべての印刷機にエナジーメータをご提案しております。昨期実績としては納入した印刷機のうちの約8割でエナジーメータが搭載されています。印刷機のエネルギー効率(良品1000枚を印刷するにあたってのkWh)を知り、データとして蓄積・分析することが重要です。
--エナジーメータを使ったユーザーが、それを参考にして省エネに取り組んだ事例があればお聞かせ下さい。
曽篠 ハイデルベルグ社の印刷機を導入される際、その印刷機の製造・輸送にかかる分のカーボンニュートラルができることへの認知度はだいぶ高まってきたのですが、最近ユーザーのみなさまからのお問い合わせで多いのが「印刷物のカーボンニュートラルをするにはどうすればいいか?」というものです。
紙や資材の製造工程やその配送、そして印刷物となった製品の配送・納品などについて、それぞれのケースに応じて正確にCO2量を算出するのはとても難しいことです。ただ、それでも印刷製品をカーボンオフセットしたいというニーズは少なからずあります。製造方法、使用する資材、さらには色合わせに要した回数でも電気使用量やCO2排出量は違ってきてしまいます。しかし、印刷機にエナジーメータが付いていれば、良品1000枚を生産するにあたって何kWかかったかという平均値を出すことができます。それ以外の工程についても自社の基準を作って理論立ててやれば、少なくとも根拠のある算出ツールとなり得ます。
私どもからのエネルギー効率を大幅に高めるための情報提供を通して、ユーザーのみなさまにより良い手法や知識、気付きなどを得ていただくことで、これから将来にわたってのコスト増が未然に抑えられたり、持続可能性を高めていただければ嬉しく思います。
月刊 印刷界 2023年6月号掲載
【取材・文 小原安貴、Interview・Article Writing Yasutaka Obara】