2023年04月29日

NHK朝の連続テレビ小説「らんまん」を視ている方はどれくらいいらっしゃるだろうか。「春らんまんの明治の世を 天真らんまんに駆け抜けた―ある天才植物学者の物語」。モデルは牧野富太郎。ドラマでは「槙野万太郎」として登場する。
土曜の朝、オンデマンド配信で1週間分をまとめて視ている。
富太郎は、現在の高知県高岡郡佐川町の造り酒屋に生まれた。1,500種類以上の植物を命名し、日本植物分類学の基礎を築いた一人だ。
1940(昭和15)年刊の『牧野日本植物図鑑』は現在でも愛好家必携の書。初版と増補版(1956年)のインターネット版が高知県牧野記念財団と北隆館によって公開されており、図と解説が高画質画像で簡単に閲覧できる。カラーの口絵だけでなく一色の図も賞玩したい。
富太郎を描いた朝井まかての長編小説『ボタニカ』も読まれている。

 

▼富太郎博士の「大業績」として、生物学に「絵」を持ち込んだヴィジュアリストだったことが指摘されている。「19世紀博物学最高のメリットはリトグラフ彫版による説明図のこの上ない精緻にあるとみて、一般的な学歴、キャリアコースを次々無視の挙句、リトグラフなどはきちんと自学自修しおおせたというから大したもの」とも。
ドラマには、幕末から明治維新の時期に活躍した、坂本龍馬やジョン万次郎をはじめとする土佐出身の英雄たちや、「万太郎」の運命を大きく動かすことになる東京大学植物学教室の教授・助教授だけでなく、「万太郎」が青春の1ページを刻むことになる印刷会社が登場する。

 

▼富太郎自身はこう記している。

「私は当時(明治19=1886年)東京に住む考えは持っていなかったので、やはり郷里に帰り、土佐で出版する考えであった。郷里で出版するには自身印刷の技術を心得ていなければいけんと思い、一年間神田錦町の小さな石版屋で石版印刷の技術を習得した。石版印刷の機械も一台購入し郷里へ送った」

「植物志を作るには図を入れなければならぬが、その当時土佐には石版の印刷所がない。そこで一年間石版屋へはいって、石版印刷の稽古をしたのであった」

「神田錦町にあった一の石版印刷屋で一年程その印刷術稽古をした。そしていよいよ『日本植物志』を世に出す準備を整えた」

「自分で植物図譜を作る必要上この印刷屋で石版の稽古をしていた時だったので、これ幸いと早速そこの主人に仲人をたのんだ」

 

▼日本の石版印刷の歴史は、1860(万延元)年に来日したプロシア政府の使節が、徳川幕府に手引印刷機と石版石一式を献上したのが始まりだという。セネフェルダーによる発明から約60年を経ていた。1875(明治8)年になると石版印刷業者が組織した組合の加入者数が96という記録があるとか。

到来から四半世紀後の石版印刷はどのように映像化されることになるのだろうか。興味が尽きない。

 

(印刷界2023年5月号から)

 
○タイトルバックには、「石版印刷指導:稲田大祐」とあった。(第45回2023年6月2日放送)

 
○牧野日本植物図鑑インターネット版

○高知県立牧野植物園

○練馬区立牧野記念庭園
○青空文庫作家別作品リスト:牧野富太郎

 
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