2022年12月31日

八木健治『羊皮紙の世界』

八木健治『羊皮紙の世界』


 

印刷関連の出版物で2022年に話題になった本に『羊皮紙の世界 薄皮が秘める分厚い歴史』(岩波書店)があった。内容もさることながら、おまけとして4・5×4㌢ほどの「羊皮紙」(山羊皮)がついていて、手に触れる機会の稀れな「羊皮紙」を一気に身近なものにする入門書だった。著者の八木健治は自宅の風呂場で羊皮紙を自らつくったり、販売に手をそめたりという研究者。専門サイト「羊皮紙工房」を主宰している。『羊皮紙のすべて』(青土社)では歴史、文化、製作方法から、使える画材、保管方法、科学分析、未来の可能性まで網羅していた。

 

▼羊皮紙とは、「羊(または他の動物)の皮を木枠に張って限界まで伸ばし、ナイフで削って薄くして乾燥させたシート状のもの」で、「紙」と称しても、植物の繊維をからませた「紙」とは根本的に違うし、「革製品」とも異なる。一般的に「革」とは、動物の生の皮(「原皮」)を「なめし」たもの。石灰につけて毛や脂肪などを除去し、タンニンや酸などに漬け込んで化学反応を起こさせ、原皮の繊維構造そのものを変化させる。
一方、羊皮紙は、原皮を石灰につけて毛や脂肪などを除去するところまでは同じだが、その後専用の木枠に張って伸ばし、繊維を「化学的」にではなく、「物理的」にピンと張った状態にして乾燥させ、その状態で固定させたもの。そのため、羊皮紙を作ることを「羊皮紙をなめす」とは言わない。羊皮紙をなめすと普通の革になってしまう。

 

▼一口に羊皮紙と呼ぶものの、素材は羊に限らない。英語では動物から作った「獣皮紙」のことを「パーチメント」と言う。その中でも仔牛からつくったものを特別に「ヴェラム」と称す。羊は、薄くて柔らかい。表面もなめらか。ただし皮膚に含まれる脂が多いため、製造には手間がかかる。仔牛は、薄くてスムーズ。山羊は、純白に近い表面色が多い。毛穴が目立ち、また毛穴が3つづつまとまっている場合が多い。イタリアの写本の多くは山羊皮。羊皮紙発祥の地といわれるペルガモンでも山羊が主流だったといわれる。鹿は、表面がなめらかで、手触りがしなやか。豚は、日本では原皮が手に入りやすい。毛穴が山羊よりも目立つ。本のカバーなどに利用される。毛穴が目立ちすぎることと宗教上の理由から写本にはほとんど使用されなかった。

 

▼グーテンベルクによる活版印刷の発明は羊皮紙の世界にも破壊的変革をもたらした。「羊皮紙に水性インクで手書き」であった本づくりを、「紙に油性インクでプレス印刷」へと変容・変態させた。最初の組版ができあがれば、それからは写本とは比べ物にならないスピードで本が量産できることとなった。活版印刷は羊皮紙の衰退に拍車をかけた。羊皮紙の生産スピードは紙とは比較にならないほど遅い。同時に、油性インクの乾燥速度も羊皮紙と紙とでは比較にならなかった。乾燥に約5倍の時間がかかったという。しかし、一方では羊皮紙がメディアとしていまも生き残っていることは銘記しておきたい。

 

 

(『印刷界』2023年1月号から)

 

 

「羊皮紙工房」http://www.youhishi.com/introduction.html

 

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