2018年08月07日

平成30年春の叙勲で旭日双光章を受章した宮城県印刷工業組合前理事長・藤井治夫氏(東北プリント社長)を祝う会が7月21日午後1時から、仙台市の勝山館で開かれた。216人が参加、同氏の功績を称え、栄誉を祝福した。

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約220人が参加した

「藤井治夫氏旭日双光章受章を祝う会」の発起人は、宮城県中小企業団体中央会・今野敦之会長、宮城県印刷工業組合・針生英一理事長、仙台商工会議所・鎌田宏会頭、カメイ㈱・亀井文行代表取締役社長、学校法人聖和学園・鈴木繁雄理事長、㈱モリサワ・森澤嘉昭相談役の6氏。

祝う会は石川眞奈美さんの司会で進められ、針生理事長が「藤井さんは3期6年にわたり宮城県印工組の理事長を務めた。就任期間は震災の直後、復旧復興の時期と重なる。組合の運営にとって大変難しい時期に理事長を務めた。たぐいまれなリーダーシップ、バランス感覚、人柄によって組合員をまとめ、組合の発展を導いた」と開会の辞を述べた。

スライドによる功績紹介ののち、発起人を代表して今野会長があいさつした。

「宮城県印工組の理事長を12年間務め、藤井さんにバトンを渡した。東北学院大学では同じワンダーフォーゲル部に所属した。5年後輩だが、ワンダーフォーゲル部の優秀なリーダーであるとの評判を当時から聞いている。山の気候はめまぐるしく変化する。晴れているかとおもったら、突如として全体が見通せないほど霧に覆われる。どこに進路をとっていいか途惑うことがたびたびである。リーダーがうろたえる姿を後輩に見せたら、そのグループは遭難の危機に見舞われる。藤井さんは、沈着冷静に天気の動向、地勢を見極めてグループを指導していたと聞いている。スライドを見ていてそのことが蘇ってきた。事業経営、組合運営も同じである。平成11年度まで印刷業界は、中小企業近代化促進法という国の施策の中で、税制面などさまざまな優遇を受けてきた。その後、護送船団方式が解かれ、国は、やる気のある自立しようとする企業を支援する方針に変換した。全印工連が主導して印刷業界独自の経営計画を策定してきた。時どきに合わせて変遷してきたが、少子高齢化に向かう日本、国際経済の動きや顧客ニーズの変化などにより、個々の経営をどう変えて機敏に対応して企業の存続を図っていくかが一貫した流れになっている。藤井さんは業界の直面する多くの課題に取り組んだ。次から次へ不透明な霧が印刷業界を覆う。そのつど藤井さんは慌てず嘆かず冷静に判断してリーダーシップを発揮した。東日本大震災の際には組合員を勇気づけながら精力的に活動した。今後も印刷業界を通して地域経済の発展に力添えをお願いしたい」

次いで、多くの来賓を代表して宮城県経済商工観光部部長・吉田祐幸(村井嘉浩宮城県知事祝辞代読)、みやぎの印刷産業振興を考える議員連盟会長(宮城県議会議員)・相沢光哉、全日本印刷工業組合連合会会長・臼田真人、学校法人聖和学園理事長・鈴木繁雄の4氏が祝辞を述べた。
このうち臼田氏は東日本大震災、胆管がん問題への対応を讃えるとともに組合員増強の功績、全印工連産業戦略デザイン室での貢献を顕彰した。

針生理事長、JPC会の宮澤徹電算印刷代表取締役、清野忠宏東北プリント専務取締役による記念品贈呈に続き、ご令孫の松野凪くん・たなちゃん・トウくん、奥村颯くん・咲ちゃんの5人から藤井氏とご令室・恵美さんに花束が贈られた。

受章者謝辞で藤井氏はこう述べた。

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謝辞を述べる藤井治夫氏

「宮城県印工組の土台を築いた諸先輩の上に乗って3期6年の理事長職を務めた。一つひとつの課題を地道に解決しながら、夢と希望の溢れる、働いている人が楽しく働ける、前を向いた印刷業界を作り上げていきたいと常に思っていた。
父親にいわれるままに仙台商業高等学校に入った。そこで数字と付き合うことの面白さを憶えた。BSとPLに表される数字の裏側に興味をもった。大学ではワンダーフォーゲル部に入った。大自然を相手に活動しているので、ぞっとするようなことが何度かあったように思う。団体生活の基本は学ばせてもらった。卒業後、東京の印刷会社に就職した。48年前、すでに菊全の4色機がフル稼働していたが2年後に倒産した。要因は実印の管理にあった。そうはできない経験をした。その後、森澤嘉昭さんがモリサワの東京支店長のときに、そこに机を1つ置かせてもらった。東京で仕事を集めて、地方で生産するという文字入力の会社の責任者を務めた。百科事典全盛、紳士録も盛んに刊行されていた時代でそういう仕事に従事した。数年経って仙台に戻り、東北プリントに入った。東北プリントの歴史の半分が私の社長時代である。6年前理事長就任の話が持ち上がったとき、PET検診を受けることが妻からの条件だった。2年前の3度目のPET検診で早期の胃がんが見つかった。頭が上がらない」

 

来賓、発起人らにより鏡割りが行われ、亀井社長の発声で乾杯し、祝宴に入った。藤井氏の功績を称え受章を祝うことばが交わされる中、南三陸町長・佐藤仁氏が閉会の辞を述べた。

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