2018年04月25日

誰からも愛された

㈱双文社印刷相談役・倉澤直則氏の話

新村執行部(全印工連、東印工組)編成の際、声をかけていただき身に余る光栄だった。また業界のために、新村さんと一緒に活動できることが幸せだった。「勇将の下に弱卒無し」ということわざがある。新村さんを見習って、執行部一同「一枚岩」となり頑張った。
任期を終えた後、東印工組三役で「一晴会」という集まりを立ち上げた。一枚岩、一蓮托生の「一」と、重晴さんの「晴」の文字を盛り込み、会の名称とした。以来100回以上会合を持ち親睦を図ってきた。これだけ結束が固く、信頼関係の厚い執行部は、後にも先にも出てこないだろう。笑顔の絶えない、誰からも愛された、謙虚で包容力のある人だった。
 
 

お江戸のリーダー

富士精版印刷㈱会長・石川忠氏の話

新村さんが大正12年生まれ、僕が14年の生まれ。大正10~15年生まれの印刷業界人で構成する親睦会「大正ダブル会」に入会して以来、仲良くしていただいた。同会を通じて、新村さんはじめ東京の同業者との交流や、夫人同伴による日本各地への旅行など、楽しい思い出は尽きない。
京都帝国大学でラグビー選手として活躍されていたこともあって、いつも大きな声で朗らかだった。そんな人が亡くなるなんて信じられないし、残念でならない。僕のような、なにわの田舎者を、お江戸のリーダーは可愛がってくれた。改めて感謝申し上げたい。
 
 
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