2017年04月25日

アイワード(木野口功会長、奥山敏康社長)は4月18日午後6時から、札幌市中央区の札幌グランドホテルに約300人を集めて盛大に「設立50周年記念および石狩工場スマートファクトリー化感謝のつどい」を開き、喜びを分かち合った。

 

約300人が祝った

約300人が祝った


 
同社は昭和41(1966)年の設立。平成28(2016)年10月に設立50周年を迎えた。また、石狩工場のスマートファクトリー化を進め、冷暖房・照明設備を更新、同年12月に国内初のAIを搭載した最新鋭ハイデルベルグ「スピードマスターXL106-8-P(菊全寸のび8色両面兼用印刷機、最高印刷速度毎時1万8000枚)」を導入した。

 

 

奥山社長「第3創業期として『ブック印刷専業宣言』を表明」

 

奥山社長は開会のあいさつで同社の歩みに触れ、こう述べた。
 
「朝10時から夕方4時過ぎまで石狩工場の見学会を行った。延べ300人以上のお客様にブック印刷専門の印刷工場を見学していただいた。NHKの取材もあった。6時10分ごろのニュースで放送される予定だ。
 
アイワードは昭和40年にタイプオフセット印刷を主業務にして創業。翌41年に株式会社として設立した。しかし48年には経営が成り立たなくなった。現会長の木野口が乞われて経営再建に着手したのが実質的な会社づくりの第1歩だった。
 
昭和30年代から日本の景気は2桁成長でどんどん成長する時代だった。印刷業界も同じように成長したが、48年に第1次のオイルショックがあり、高度成長から低成長へ激変していくなかで、わたしどもの前身の会社の弱点が露呈した。当時、従業員20人、売上5800万円だった。木野口のことばを借りると、およそ会社らしからぬ会社だった。まさにその日暮らし、自然成長の会社であった。全社員で毎日のように討議を重ねた。給料が安くてやっていけないという社員がたくさんいるという問題、経営を再建しなければいけないという課題があった。この2つの解決を当時の社員20人と木野口とが話し合って決めた。経営指針・経営計画をつくった。4月から給料を倍にする、売上げも倍にする計画を立てた。全社員が火の玉になって取り組んだ。この年の人件費は前年比171%、売上は同184・6%だった。給料も売上も倍に近い結果を出して経営再建の方向が定まった。設立の昭和40年を第1創業期、この49年を第2創業期と呼んでいる。
 
わたしはその4年後の53年に入社した。学校を卒業したものの就職先がなかった。3月末まで決まっていなかった。たまたま北海道中小企業家同友会の専務と会った。性根が据わっていないからどこも採用してくれないのだといわれた。木野口社長を紹介され、印刷工場の製版部で働くこととなった。このときの社員は38人だった。
入社後、58年に、戦後直ぐに創業した田上印刷の再建に着手した。その10年後、共同印刷と田上印刷が合併しアイワードとなった。
その翌年、老舗印刷会社の再建の話がとびこんできた。明治40年創業の興国印刷の再建だった。再建に着手し、10年後に興国印刷を解散、従業員をアイワードに移籍した。
 
2008年、平成20年には用紙代の大幅な値上げがあった。リーマンショックもあった。そのなかで当社が50年を迎えるにあたっては、現在の経営力ではだめだということを話し合った。経営力の向上が必要であると考えて2010年、平成22年4月1日を第3創業期と位置付けて改めて会社の再生に取り組んできた。
 
50年の節目に当たって石狩工場の空調、暖房、照明などを全面的に改修した。15年以上稼働していた4台の印刷機を最新の印刷システムに集約、更新することができた。国の補助、関係各社、金融機関の支援をいただき大型の投資が達成できた。
 
この設備投資の結果、生産性が向上するとともに、工場のエネルギー消費を前年度に比べ、20%削減できる見通が立った。社員の働き方そのものも変えていく条件を整えることができた。
 
当社は、活字を組みあげて書籍をつくるということから生まれた会社である。
 
第3創業期のなかで、創業精神を内外ともにわかりやすく表す言葉として『ブック印刷専業宣言』ということを言葉にして表してきた。ブック印刷の課題を解決できる工場、スマートファクトリー、賢い工場として実践していく。
 
アイワードのロゴの『i』の上の赤いぐるぐるぐるとなっている部分は、人が生まれて初めて表すものである。その表すものの下に『人』という字を書いて、『i』という字を表している。人が成長し、『WORD』、文字、言葉を獲得する。人が人間になっていく。人を愛する、そして言葉を愛する、これをわが社の理念としている」

 

奥山敏康社長

奥山敏康社長

 

来賓を代表して、北海道新聞社社長・広瀬兼三氏は「女性・障害者の雇用でも道産子企業のフロントランナーである。これからも素晴らしい出版物を世に出してもらいたい。北海道から日本、世界へ道産子企業のアイワードの躍進を祈っている」、北海道大学名誉教授・青木由直氏は「木野口会長に頼まれて、会社で1979年ごろマイクロコンピュータの講義をしたのが付き合いの始まりだ」「札幌から全国版、世界版の企業をつくっていってほしい」と祝辞を述べた。
 
北海道中小企業家同友会代表理事・ダテハキ会長・守和彦氏の音頭で祝杯をあげた。
 
和やかに祝宴の続く中、北海道印刷工業組合理事長・アイテックサプライ社長・板倉清氏が「昼前に石狩工場を見学してきた。50年の歴史が嘘のような近代的な工場である。最新の印刷機が1万8000回転というスピードで回っていた。100年を目指す基礎となる50年である。人を大事にする、その心が会社を大きくしたのではないか。100年を目指す、先端を行く会社、先輩として業界を引っ張って行っていただきたい」と述べ乾杯の音頭を取った。
 

板倉理事長

板倉清理事長


 
 

木野口会長「創業者のつもりで取り組んでほしい」

 
閉会のことばを兼ねて木野口会長はこう感謝のあいさつを述べた。
 
「この50年を振り返ると、奥山社長が述べたように、道のりは平坦なものではなく、困難に次ぐ困難の日々だった。考えようによっては困難を一つずつ克服していく、やりがいのある日々だった。本日、皆様にお配りした会社案内のゲラが届いたとき、いままでの会社案内とは内容が違うなと思った。社員の顔つきがどこか明るい。当社のシステムの説明もわかりやすいものになった。

 

設備は本日、見ていただいたように『スマートファクトリー』になった。いままでは機械がたくさん並んでいて作業効率が悪いだろうなという状況だったが、今回、印刷機を4台出して1台導入した。3台減って仕事のしやすい余裕のある工場になった。変化を痛感した。お客様に見ていただいて安心していただけるようになった。困難な日々の中ではこのような会社になるとは思いもよらなかった。社員の皆さんにも頑張っていただき、心から感謝している。

 

当社は、1月にNHKの番組『超絶 凄ワザ!』で『褪色カラー写真の色復元システム』で全国に紹介された。そこではアイワードが『老舗』として紹介された。老舗といわれた企業が何軒も立ち行かなくなってきたことを体験してきた。

 

全印工連の機関誌『日本の印刷』の4月号の巻頭言に京都府印刷工業組合の中西隆太郎理事長が『老舗ではなく、新店と思え』という一言を寄せていた。老舗が止店や死店にならないよう、創業者となったつもりで、新店と思いなさい。次々と新しいことを考えていく店でないとだめだ。そう書いていた。50周年を迎えて老舗と紹介された、わが社のために寄せられたメッセージだと思い、繰り返し読んだ。
設立50周年を迎えて、奥山社長をはじめ幹部社員の皆に身に着けてもらいたいのは、新会社だと思い、自分が創業者だと思っていただくことだ。

 
事を成し遂げるのは人の才ではなく、意である。才能でははなく、決意や意志の意である。そうい趣旨のことを以前、ユニ・チャームの高原慶一朗会長(現取締役)がいっていると知り、才に劣る私でも、気持ちを強くもてばと考え、このことばを長い間、大事にしてきた。

 

この2つを、私の残された任期の期間、社長以下幹部の者たちに会得してもらうように努めていきたい。アイワードは新しい出発点に立っている。皆様のご支援に報いるためにもなお一層の精進を重ねて参る決意である」

 

木野口功会長

木野口功会長

 

 
関連記事:
アイワード、AI搭載機でスマートファクトリー化実現 国内初のdrupa2016モデル「スピードマスターXL106–8–P 18K」導入
 

 

PAGE TOP