2016年02月10日

岩重昌勝理事長

岩重昌勝理事長

鹿児島県印刷工業組合(岩重昌勝理事長)は1月29日、鹿児島市新照院町の城山観光ホテルで「創立60周年記念式典」を挙行した。式典には180人が参加、組合の発展に尽力した功労者を表彰するとともに、第36代立行司・木村庄之助氏による記念講演会、鹿児島の地酒や特産品の振る舞われた記念祝賀会を通じて、組合ならび印刷業界のさらなる未来への発展に向けて、決意を新たにした。

 
60周年記念式典は宮武秀一理事の司会で進行。黙祷および国歌斉唱の後、笹山雄司理事による印刷産業人綱領宣言がなされた。

 
式辞では岩重理事長が登壇し、60周年式典挙行にあたり次のようにあいさつした。

 
「昭和30年9月3日、鹿児島県印刷工業組合の前身となる、『鹿児島県印刷工業調整組合』の創立総会が開かれた。翌年の経済白書で、『もはや戦後ではない』と結ばれたように、わが国経済の発展とともに歩んだ印刷業界も、現在は生産設備がアナログからデジタルに変わった。ICTの進化は業界の技術革新に大きく貢献し、われわれ印刷業界にとっても活動範囲は大きく広がったが、需要の伸び悩みや価格競争による厳しい環境も続いている。しかし、さまざまな苦難のなかで培ってきた、世代を超えた信頼、そして仲間としての団結力は、今日まで継続・維持されてきた。私は先人たちのように、この困難も克服しうると確信している。この式典を機に、さらなる未来への発展を決意し、印刷産業人綱領に掲げる『社会の責任ある一員としてその使命を自覚し、国民生活および文化の向上に寄与するとともに、産業基盤の強化と限りない発展』に向けて邁進していきたい」

 
小正芳史鹿児島県中小企業団体中央会会長の代理で秋元耕一郎副会長が「鹿児島県印工組の地道な活動により、鹿児島県庁発注の物件に『最低制限価格制度』導入が実現できた」と来賓祝辞を送った。

 

 

組合の発展に尽力した功労者を表彰

組合の発展に尽力した功労者を表彰

表彰状贈呈では創立60周年記念表彰として、柳正保(渕上印刷(株)会長)、岡崎継義((株)新生社印刷名誉顧問)、二之宮武(日進印刷(株)会長)の3氏に組合功労者特別表彰が贈られた。また、前田城輔((株)朝日印刷社長)、益山正義((株)益山印刷社長)、前田幸一(浜島印刷(株)社長)、岡崎洋人((株)新生社印刷社長)の4氏に組合功労者表彰が贈られた。

 
受賞者を代表して柳氏は、「印刷は『伝える役割』を担う産業。これまでの60年だけでなく、これから先も80年、100年と組合も輝き続けるだろう。歴史的に見れば私どもが組合活動に関わったのはほんの一瞬。それにも関わらず栄えある機会をいただいたことに感謝したい」と謝辞を述べた。

 

大相撲の立行司を務めた第36代木村庄之助/山崎敏廣氏の記念講演のあと、記念祝賀会・第38回年始会へ移行。

 
伊藤祐一郎鹿児島県知事、森博幸鹿児島市長(松木園富雄副市長代読)両氏による祝辞のあと、新規加入組合員1社、賛助会員5社を紹介した。

 
土井健二九州印刷材料協同組合理事長が「2016年度九州印刷情報産業展(6月3~4日、福岡国際センター)」をPRし、宮路高光日置市長の乾杯発声で開宴した。

 
祝賀会の最中にはオープニングアクトとして、60周年を記念したスペシャルユニットによるジャズ演奏が披露され、宴もたけなわのころ、島津公保氏((株)島津興業相談役)の3本締めで閉宴となった。

 

 

木村元立行司「努力は実る」

 

木村庄之助氏による記念講演会

木村庄之助氏による記念講演会

記念講演会は第36代木村庄之助/山崎敏廣氏(鹿児島県枕崎市出身)が「努力は実る」を演題に講演。大相撲の行司における最高位の階級である立行司を務めた同氏が、自身の長い下積み生活を振り返りながら、行司の仕事について述べた。
 
木村氏が行司として入門した昭和39年は、東京オリンピックや新幹線開業など、高度経済成長の真っただ中であった。しかし、10年の修行を重ねても、足袋を履くことも許されなかった。
 
人生の分岐点に立たされていた木村氏は行司を辞めるかどうか悩んでいたなか、心の師と仰ぐ人物から、「努力なくして夢の頂点はない」と諭されたという。
 
木村氏は「今の自分が出来ることを考えたときに、番付書きだけは誰にも負けない(指名される)ように、それだけを一生懸命頑張った」と話し、途中で夢を投げ捨てては今の自分はなかったと振り返った。足袋を履ける十両格、および番付書助手に任命されたのは、入門してから21年経った時のことである。
 
相撲文字を書くときのポイントや行事の見分け方、番付編成や場内放送など、裏方としての行司について木村氏は語り、2016年1月場所で10年ぶりの日本出身力士の優勝を決めた琴奨菊にエールを送るとともに、「時には土俵の行司にも目を向けながら、より相撲を楽しんでもらいたい」の言葉で記念講演会を締めた。

 

 

鹿児島県印工組60年のあゆみ

1955(昭和30)年9月3日
「鹿児島県印刷工業調整組合」創立。
1958昭和33年8月8日
中小企業団体の組織に関する法律施行を受け、「鹿児島県印刷工業組合」に改組。
1964(昭和39)年4月
中小企業近代化促進法による構造改善事業開始。昭和40年代には全印工連主導による「社会に奉仕する印刷セール」事業を展開し、業界として社会還元を行った。
1965(昭和40)年9月22日
県合同庁舎に印刷局が移転入居と判明。鹿児島県工組は「撤廃に関する請願書」を知事、議会議長宛に提出し、全廃運動の口火を切る。
1966(昭和41)年7月26日
日印工連、「全日本印刷工業組合連合会」と改称。
1968(昭和43)年
「鹿児島印刷工業団地協同組合」が創立。
1969(昭和44)年1月
「活字よさようなら コールドタイプよこんにちは」のスローガンのもと、業界団体主導の近代化(文字組版方式の転換)が加速された。
1974(昭和49)年12月
第一次オイルショックによる用紙、インキ、版材などの印刷資材不足が業界に打撃を与え、組合は数次にわたる決起大会の開催や経営改善努力に奔走。
1979(昭和54)年11月3日
伸びゆく鹿児島印刷展(鹿児島県印工組主催)2日間開催。「百万塔陀羅尼経」やグーテンベルク原書展示。
1986(昭和61)年2月1日
九州印刷工業厚生年金基金を厚生大臣が認可、事業スタート。
1990(平成2)年4月
鹿児島県印工組、労働時間短縮補助事業を実施。各社で順次、週休2日制移行始まる。
1992(平成4)年2月21日
鹿児島県印工組三役、県当局に対し新庁舎移転を機に印刷局廃止を強く要望。
1993(平成5)年8月6日
甲突川のはんらんで組合事務所など、12箇所で冠水被害(8・6水害)。被害総額2億2000万円。
1994(平成6)年7月7日
鹿児島市、採算無視入札で「班編制6カ月交代」を検討。最低価格の採用は「印刷物は物品販売(自治省通達)扱いであり困難」とされた。
1996(平成8年)
30年来の懸案であった県営印刷局廃止運動では、街頭署名活動、意見広告掲載、決起大会、陳情攻勢などを行い、当局の理解・配慮により廃止が決定され、終止符が打たれた。
1997(平成9)年3月
鹿児島県印工組、ピンクチラシは印刷産業人綱領に照らし受注しないよう、組合員に注意促す。
1999(平成11)年9月11日
鹿児島県市町村自治会館で、創立40周年記念式典を挙行し、祝賀会を行った。記念講演会、印刷文化財保存、創立40周年記念誌刊行を期す3事業を記念とした。
2003(平成15)年1月12日
鹿児島市長らを迎え、『かごしま印刷史』出版祝賀会を兼ねた年始会を開催。
2003(平成15)年5月
創立40周年事業で刊行した『かごしま印刷史』が地域社会の発展と地方文化向上に尽くした図書に贈られる南日本出版文化賞を受賞。
2005(平成17)年7月
地域印刷業界による「鹿児島県印刷産業政治連盟」を設立。
2005(平成17)年11月
鹿児島県における印刷物調達の契約方式改善について、知事宛陳情書を出納長に提出。
2008(平成20)年10月17~18日
2008全日本印刷文化典in鹿児島。城山観光ホテルで盛大に開催し、以後の全国大会のモデルとなる。
2011(平成23)年3月17日
東北地方太平洋沖地震に関する災害義捐金の募集。
2012(平成24)年8月28日
全国の印刷会社で胆管癌発症が社会問題化。有機溶剤等危険物の取り扱いについて、勉強会開催。
2015(平成27)年4月1日
鹿児島県、最低制限価格制度導入、および実施。

 

 

PAGE TOP